【再婚しない】カルーセル麻紀のフランス人旦那と半年で離婚した理由は旦那の嫉妬

カルーセル麻紀さんは、「日本人として初めて性別適合手術を受けた人物」や「戸籍を男性から女性に変更した先駆者」として広く知られています。

ニューハーフタレントとしての長いキャリアを持ち、その個性的なトークで視聴者を楽しませてきました。

そんな彼女のプライベートもまた、多くの関心を集めており、男性関係についての噂も絶えません。

彼女が交際した男性は大物揃いだったと言われており、その詳細も気になるところです。

また、事実婚の相手や結婚歴に関する噂もありますが、これらの点についても詳しくお伝えします。

 

カルーセル麻紀はフランス人旦那と事実婚をしていた

カルーセル麻紀さんは1973年に、31歳の時に19歳のフランス人青年ジャンさんと事実婚(籍を入れずに同棲)をしていました。

事実婚相手は19歳ではあったものの、イケメンの旦那さんです。

 

馴れ初めは旦那からの一目惚れ


引用:sortiraparis

彼らの出会いはパリのモンパルナスにあるディスコバーで、ジャンさんがカルーセルさんに一目惚れし、熱烈なアプローチをかけたことから始まりました。

ジャンさんの一途な愛に心を動かされたカルーセルさんは、彼のプロポーズを快諾し、2人は一緒に暮らし始めます。


引用:パライソレコード

カルーセル麻紀さんが若い頃は日本の大御所俳優達、梅宮辰夫さん、石原裕次郎さん、勝新太郎さんなどから寵愛されていたくらいですからフランス人の旦那も衝撃の美貌だったのでしょう。

 

旦那の両親の理解

その後、カルーセルさんはジャンさんの両親にも会いに行きました。ジャンさんは、

「彼女は元は男性だったが、今は手術を受けて完全に女性になった」

と、カルーセルさんが元男性であったことを正直に両親に伝えました。

ジャンさんのお父さんは

「麻紀は素敵な女性だ。もし自分が若ければ、息子よりも先にプロポーズしていただろう」

と言い、彼らの結婚を認めてくれました。

カルーセルさんにとって、ジャンさんの愛情もさることながら、ジャンさんの父親がありのままの自分を受け入れてくれたことは非常に感動的な出来事でした。

彼女は、ジャンさんとその家族の理解と支えによって、より一層自分らしく生きることができたのです。

このように、カルーセル麻紀さんの人生には、彼女を支え続けた大切な愛と理解が存在していました。

そのエピソードは、多くの人々にとって希望や勇気を与えるものです。

 

結婚したことで疎遠の父親と和解


引用:週刊女性PRIME

厳格な父親のもとで育ったカルーセル麻紀さんは、父親に対する恐怖心から家出をし、ゲイバーで働き始めました。

当初、父親はカルーセルさんがゲイであることを認めず、2人の関係は険悪なものでした。

しかし、カルーセルさんが31歳で愛する人と結婚するタイミングで、父親との和解が訪れました。

その際、両親と一緒に箱根へ家族旅行に出かけたことが、関係修復の一助となりました。

この家族旅行は、長い間疎遠だった父親との距離を縮め、再び家族としての絆を取り戻すきっかけとなりました。

父親が彼女の選択を受け入れ、和解に至ったことは、カルーセルさんにとって大きな心の支えとなりました。

かつて怖れていた父親と和解できたことは、カルーセルさんの人生における重要な節目となり、彼女がさらに自分らしく生きるための力となったのです。

このエピソードは、カルーセル麻紀さんの生き方に対する家族の理解と愛が、どれほど彼女にとって大切なものであったかを物語っています。

素敵なフランス人旦那と事実婚し、相手の両親にも男性であることも認めてもらい、さらに実の父親と和解したのですが、悲しいことに半年後に離婚することになります。

 

カルーセル麻紀は旦那の嫉妬により離婚


引用:X

カルーセル麻紀さんの結婚生活は、ジャンさんとの新婚生活を日本で始めたものの、わずか半年で離婚してしまいました。

当初は新たな生活に希望を抱いていましたが、現実は厳しく、カルーセルさんは二人の生活を支えるために、日々仕事に追われることとなりました。

お店の経営や地方でのショー、テレビ出演など、多忙な日々が続き、二人で過ごす時間が徐々に減少していきました。

その結果、ジャンさんは次第に嫉妬深くなり、些細なことで頻繁に喧嘩が起こるようになりました。

果てには「東京タワーとエッフェル塔のどちらが高いか」といった取るに足らないことで口論になる日々が続き、カルーセルさんは次第に疲れ果て、限界に達してしまいました。

最終的に、ジャンさんの観光ビザが切れるタイミングで、カルーセルさんは彼を半ば強引に帰国させることを決断します。

彼女はジャンさんの帰国チケットを手配し、羽田空港で抱き合いながら涙を流して見送りましたが、心の中では「二度と来ないでほしい」と思っていたと言います。

嫉妬深いジャンさんから解放されたことで一時的にほっとしたものの、一人になった寂しさも感じることとなりました。

その後、カルーセルさんは懲りることなく、再び新たなパートナーとしてハーフのモデルと同棲を始めたそうです。

なお、カルーセル麻紀さんは、入籍という形で正式に男性と結婚したことはありません。

 

カルーセル麻紀は絶対に再婚はしない


引用:カルーセル麻紀のブログ

そんなカルーセル麻紀さんは、ジャンさんと別れた後、ずっと独身生活を続けており、40歳頃からは姉の幸子さんと一緒に暮らしています。

彼女自身、これまで何十人もの男性と同棲してきたものの、長続きすることはなく、いつも最初の3カ月ほどは女らしく尽くすものの、徐々に疲れて飽きてしまうのが常だったと語っています。

「結局、最後には『ああ、もう面倒くさい!出てけ、この野郎!』というパターンで終わることが多いのよ」

とカルーセルさんは振り返ります。

そのため、仲間内では「ワンクールの女」と呼ばれるほど、熱しやすく冷めやすい性格だと言います。

結婚に対しても特に興味がなく、

「一緒に生活するのは邪魔だから、表で会って表で付き合うくらいがちょうどいい」

と、独身生活を謳歌しています。

彼女にとって大切なのは、男性との関係よりも女友達との絆です。

カルーセルさんは芸能界以外にも多くの一般の友人がおり、定期的に「はまぐり会」と名付けた女友達との集まりを楽しんでいます。

彼女が名付けたこの会は、職業や年齢が異なる女性たちが集まり、気兼ねなく言いたいことを言い合い、美味しいものを食べ、お酒を飲んで酔っ払うという、彼女にとって最高の楽しみの場です。

カルーセルさんにとって、そんな自由で気楽な時間こそが、人生で最も楽しい瞬間だと感じているのです。

 

カルーセル麻紀の子供はいない


引用:カルーセル麻紀のブログ

カルーセル麻紀さんは、19歳の時に睾丸摘出手術(去勢手術)を受け、30歳の時には性転換手術(性別適合手術)を行っています。

そのため、彼女には子供はいません。

カルーセルさんは、

「結婚して子どもをつくってみたい」

という一般的な幸せや人生の喜びを望むことはないし、そもそも望もうとも思わないと語っています。

彼女は、

「その代わりと言っては何だけど、恋する幸せやセ◯クスの悦びだけは妥協せず、好きなように生きたい」

と笑顔で語っています。

この言葉から、カルーセルさんが自分の人生において、どれだけ自由を大切にしているかが伺えます。

1972年、32歳の時にカルーセル麻紀さんはモロッコで性別適合手術を受け、その後、戸籍上の性別を女性に変更しました。

これにより、男性時代に子供がいたのではないかという噂が一時期立ったこともありましたが、それは事実ではありません。

カルーセルさんの人生は、常に自分の選択を貫き、誰にも縛られることなく自由に生きることを大切にしてきました。

カルーセル麻紀さんは年齢を重ねて脳梗塞などの病気になったことはありましたが、これからも病気もなく元気で健康に幸せに生活していってほしいですね。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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